▼2008年06月18日

アボリジニよ永遠に。。。

アウトバック(Out Back)の赤土が、ウルルの青空に渦になって舞い上がり、芥子粒のように霧散して希釈化される。。。

ぴあ読者おいしいご招待『エミリー・ウングワレー展』特別貸切鑑賞会に行ってきた。






2008年6月17日(火)14:00~16:00 (受付14:00~15:30)
会場:国立新美術館 (東京都港区六本木7-22-2)
アクセス:千代田線乃木坂駅5出口5分、日比谷線六本木駅4a出口5分、大江戸線六本
木駅7出口4分
http://www.nact.jp/exhibition_special/2008/Utopia/index.html
(実際の会期は2008年5月28日(水)~7月28日(月))



今日はぴあ紙のご厚意で特別貸切の鑑賞会だった。
国立新美術館はもちろん初めて。休館日の貸切だったので、平日の美術館は静寂に包まれていた。




国立新美術館


オーストラリアに住んでいたことのある筆者としては、これは行かなくてはいけない。なに言い切ってるんだ(笑)
「エミリー・ウングワレー」という人物をまったっく知らなかった。ノーマーク。。。


エミリー・ウングワレー(1910年頃~1996年)

オーストラリアの先住民であるアボリジニを代表する女性画家だったのだ。
しかし、絵を本格的にまともにキャンバスに描いたのは、晩年の死ぬまでの8年間。
その8年間でその絵の数3、000点~4、000。ひえぇー。
大器晩成とはいえ、70をとうに越えてからこれだけ描いたとは、なんとも凄い!!

彼女が生まれたのはノーザンテリトリー州のアリススプリングスの北東250km「ユートピア」というところ。アボリジニたちの聖地であるオーストラリアのへそ「エアーズロック」あたりだ。赤土にまみれたオーストラリア中央砂漠地帯だ。彼女は生涯ここで過ごしたそうだ。
だから、地に足が付いた作品が多い。飛べない鳥エミューやヤムイモ、ブッシュなどの作品が多い。。。


アボリジナルアートといえば、黒いキャンバスに描かれた点描画の絵。あの点々の幾何学模様の絵だ。プリミティブアートと呼ばれているが、彼女は現代的なアートだともいわれている。点描画でなく線描写や色彩にもこだわっている。それは見てわかった。
一見絵は無秩序に見えるが、彼女の頭の中に絵は出来上がっていて、それをなぞるように描いたのだという。


ということはアボリジニに対して触れなければいけない。
かれらは4、5万年も前からオーストラリア大陸に暮らしているのだ。ほんの200年ちょっと前にイギリス人たちとの歴史とは桁が違う。それだけ奥深いのだ。アメリカでいうインディアンと同様だ。
しかし、オーストラリアにおけるアボリジニのステイタスは高いとはいえない。生活習慣、文化の相違ということが大きいが、仕事がないのだ。そういったかれらの文化を紹介するような観光業に携われればいいが、ほとんどが仕事にあぶれている。中には成功している人もいるが、それはマイノリティーであってほとんどは困窮を極めている。だから、国から幾ばくかの生活保護費という名のお金が毎月支給される。(ワーキングホリーデーきた子たちの働いた労働対価に課せられる税金がそっちに回っているという話もある。)
仕事がないので結局はぶらぶらとしているだけで悪循環のようだ。
自分もいたるところ(公園やゴルフ場の隅っこで)で安酒をあおって宴会をしているのを目撃した。
そして、街のベンチに座っていた自分に金をせびろうとしたやつもいたし、自分の運手したオンボロ車に気に食わなかったのかジャリを投げられたこともあった。アボリジニ同士の喧嘩もしょっちゅう目撃した。

心ないやつ(日本のワーホリの子たち)が、かれらをバカにしていたけど、これには腹が立った。かれらの苦悩の何がわかるのだろう。うわべだけを見ているだけだ。
そんなことをされたこともあったけど、自分はかれらのやりきれないという気持ちを理解しているつもりだ。本当はオーストラリアでは彼らが本流であるのだ。自然と共存してきたことが物語っている。

そんな状況や、生活習慣、文化の違いもあってオーストラリア国内では現に差別はある。居住区もある意味隔離された場所にあったり。。。
かれらが自助努力できるような方向にもっていくのがオーストラリアの課題だろう。


そんなことを考えながら、エミリーの絵を追っていた。
ちょっと校外に出ただけで、大自然に囲まれたオーストラリアの情景が甦る。感傷に浸ってもいいじゃないか。
絵にいろんなものをひっくるめた奥深さが滲んでいた。


ラッキーなことに彼女の絵入りのポストカードを二枚をもらった。


【長い布】
絹に描いたバティック(ろうけつ染め)
いろんな生物や植物、大地などを描いたのか。。。


【私の故郷】
死ぬ二週間前の3日間で24点描いたという。その中の1点。死を悟ったのか、ピカソのような抽象的な絵というところか。


悠久の時と、オーストラリアの広大な赤土の混じった砂漠を感じることができた。
Posted by まさタロー at 01:46│Comments(0)TrackBack(0)

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