▼2008年07月02日

カウラ・ブレイクアウト!

広大に広がる草原にラッパの音が高らかに鳴り響き、それを合図に捕虜になった日本兵たちは脱走を試みた。日本へ帰ることを夢見て。。。





先日、国立新美術館で開催されたアボリジニのアート展に行ってきた筆者だが、最近オーストラリアづいている。


オーストラリアのカウラという場所をご存知?

NSW州にあってシドニーから西へ250キロ内陸に行った片田舎にある町。ここは日本と切っても切れない場所なのだ。
歴史に埋もれてしまったが、第二次世界大戦中、かつてここに戦争捕虜収容所があった。第二次世界大戦末期に多くの日本兵捕虜が大脱走する事件が起き、多くの日本人が悲しい結末を遂げる...。
それが「カウラ・ブレイクアウト(カウラ大脱走事件)」だ。

この事件については、実は石田純一主演で『カウラ・ブレイクアウト』としてオーストラリアで映画化されたことは、あまりにも有名ではない。。。


実は実は自分も2002年末、この地に行ったことがある。
ボランティアを終えた自分は年末から年明けにかけて、シドニーにの住んでいる日本人の知り合いの家に少しばかり滞在させてもらった。
その日本人はナナヨさんという女性。オーストラリアにある豪日交流基金にお勤めの方で自分が働いていたダーウィン高校に日本語普及のため、度々訪れていたことから知り合いになった。それが縁で、ボランティア終了後の壮大なるオーストラリア大陸半周の序章として、ナナヨさんのシドニーのご自宅に泊まらせていただくという厚意に甘えてしまったのだ。ドイツ人の旦那さんと、娘さんがいらしゃる。今思えばクリスマスシーズンに申し訳ないことをしてしまった、と反省。
しかし、そんな彼女は3年前に若くして病死されたのだ。人間、そう早く呆気なく亡くなるものなんだと痛切に感じた。謝ろうと思っても謝る相手がいないことは非常に残念でならない。

2003年の年明けを祝う花火が打ちあがる中、シドニーの片隅で、良い年にしましょう、とナナヨさんとハグし合ったことは一生忘れない。合掌。。。




ナナヨさん、ご冥福をお祈りしています。


話は戻って、そのとき「カウラ・ブレイクアウト」の史実を知っていた僕はカウラにどうしても行きたかった。オーストラリアを出る前に日本とゆかりのあるこの場所に行きたかったのだ。
ワーキングホリデーで毎年渡豪する多くの日本の若者らはカウラなんて知らないで日本に帰っていくんだろうなあ。
そんなところにチャンスが巡ってきた。ひょんなことから、日本語教師をされている宇佐美慎吾さんという方と知り合いになったのだ。(※慎吾さんはオーストラリアで俳優の活動もしているのだそうだ...。)
ボランティアの本部を訪れたときに担当の方から、日本人だけのカラオケ飲み会にお誘いを受けた。その飲み会に慎吾さんがいらっしゃったのだ。シドニーに住む彼はカウラで日本語教師をしていたことがあり、里帰りも兼ねてカウラに行こうとしていた。自分もカウラに行きたい旨を話すと「一緒に行こう」という話に展開。なんという巡り合わせだろう。

数日後、慎吾さんの車に同乗し「カウラ」に向かう。申し訳なかったが、半日以上、片道の全工程を慎吾さんに運転してもらった。 さながらロードムービーのようだった。
カウラの捕虜収容所跡地に降り立と荒涼とした原野が広がっていて目を見張った覚えがある。そんな光景を見つめていると、なんとなく物悲しくなったものだ。
その他、日本人墓地、戦後に日豪交流のために作った日本庭園などもあった。カウラはほんとに牧歌的なのんびりとした静かな町であった。

このときの写真残っていないのだ。デジカメからパソコンへのメモリー転送に失敗してしまった。ちきしょー。


その代わりといってはなんだが、
その当時のウェブ上で公開していた日記が見つかったのでそのまま掲載。長文覚悟。。。
前後のつながりがないのと、拙い文章はご容赦。。。m(__)m
ほんと稚拙だわ(苦笑)


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12月26日(木)
もう毎日が変化に富んでいる。
今日は例のシンゴさんとカウラに行くことになっている。
ウィンヤード駅で待ち合わせ。
シンゴさんが車を出していざカウラへ。でも今日はあいにくの雨なのだ。
車は内陸に走ること4時間。道のりで400kmぐらいだろうか。カウラ近くともう広大な農場が広がっている。本当に素晴らしい景色なのだ。これは今まで見たことがない。こっちでは雨が降っていず、晴れていたのだが、向こうの方の雨雲を見ると虹がかかっていてとても奇麗だった。もちろんこの景色は写真に収めた。ここカウラの方では干ばつがひどいらしい。
次第にカウラの街に近づく。人口にして1万2千人の小さな街だそうだ。シンゴさんがいた6、7年前はまだ8千人ほどだったらしいのでこれでもかなり増えたそうだ。
なかなか味のある街だ。シンゴさんは懐かしがっていた。景色は昔と何にも変わっていないそうだ。
シンゴさんが以前、日本語教師のアシスタントしていたカウラ高校も寄ってみた。規模は僕の行っていたダーウィン高校と同じくらい。学校の隣はもう農場というのがすごい。
今日は街全体を見下ろせる展望台に行ってみる。回りは小高い丘のある農場が広がっている中に街がすっぽり入っていて、どこかの映画に出てくるような感じがした。良い感じ。もちろん写真をパチリ。
街のメインストリートに行くが今日はボクシングディでどの店も閉まっている。(ボクシングディとはクリスマスプレゼントを開けてゴミになる箱を片づける日だそうだ。)
手ごろなモーテルに泊り、荷物をおろし、メインストリート探索。だがレストランが開いてはずもなく、ファーストフードぐらいしか開いていない。時間ももう9時10時。仕方なく近くのKFCで買い、お酒も近くの酒場で購入。
シンゴさんがいなかったら、一人で電車とバスで乗り継いで来ることになっていたはずである。一人でこの寂しいストリートをあるくことになったはずだ。おー恐ろしや。
のどかなこの街が気に入った。
こうしてカウラの一日は終了。

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12月27日(金)
カウラ2日目。
このカウラに僕が来たかったのかというと、この土地は日本とゆかりの深い土地だったからだ。
第二次世界大戦末期、カウラにある捕虜収容所で日本兵の捕虜大脱走が起こったのだ。結果的には日本兵は全員射殺された。
なにが脱走のきっかけになったかは未だに不明だ。そんなカウラに日本人として行ってみたかったのだ。
今日の一つ目はそのカウラと日本の友好の証しとして作られ今でも運営されている日本庭園に行った。
片田舎の牧場ばかり目立つカウラに日本庭園があるなんてなんとも異質な空間だ。日本の植木職人に手ほどきされたと思うけど手入れが微妙にザツなのが笑えた。でも鯉はいるわ、砂庭はあるわ、日本の家屋があるわで日本を感じさせてくれた。ここでももちろん写真をぱちり。
次に捕虜収容所跡を見学。広大な場所で周りは草原や農場が広がっている。とてものどかな景色だ。この景色は恐らく戦争当時も変わっていないはずだ。こんなカウラだというのに日本兵たちはどこに逃げようとしたのだろうか。感慨深い。ここでも写真を撮った。
日本人墓地にお参りに行く。ここはカウラの脱走で亡くなった人もそうだがダーウィンやブルームの空襲で来ていた飛行機のパイロットも含まれているようだ。日本と異国の地であるオーストラリアで朽ち果てた日本人にただただ合掌。気が引けたのだが写真を撮った。

今日はワイナリー巡り。まず隣町に行くことにした。巡りといってもワインをカパカパ飲み歩くということ。
シンゴさんは気の良い性格なのか行くワイナリーワイナリーで必ずワインを購入。
途中、昼食をとろるために、日本食レストランによることにした。シンゴさんがいた頃にはこんな店はなかったようだ。
牧場地にあるレストラン風でなかなか小洒落ている。カツ丼を食べた。
そこのオーナーの日本人の方とお話をしたのだが日本とカウラの関係を大事にしている方だ。来年、カウラの事件が起きた8月5日付近で大々的なイベントをしようと計画しているそうだ。
昔、カウラの事件を題材にしたオーストラリア政府が作成したテレビ映画があったそうで、それに若かりしころ出演していた石田純一とオーストラリア俳優をこのカウラで再会させようという計画もされている。
といろいろな貴重なお話を聞かせてもらった。
それとこのカウラでワーホリで来ているそのアルバイトのタカさんともお話をしたところ、妙なところで彼とつながっていたなということが発覚した。驚き。
実は僕のリンク先の友達のウェブサイトを通して、僕のウェブサイトを知っていたのだ。もちろんその友達のリンクには彼のサイトが張ってある。
不思議だね。どこでどんな出会いがあるかわからない。
そして。。。。
隣町で2軒、カウラで1軒。そして、最後にシンゴさんのボス(日本語教師)だった人の旦那さんがやっている農場のワイナリーにも行った。そこはもう丘を上り下りしないといけないところにある。今でもその人は学校に通っているそうだからすごい。
シンゴさんのボスの人と旦那さんは旅行で行っていて不在で、旦那さんのお父さんお母さんしかいなかったが僕らを歓待してくれた。
ここでお父さんの話が始まったのだが話が長い長い。永遠と話が続いた。。たまにしか人が来ないから話したいんだろうね。でもワインは美味しかった。
シンゴさんは結局、合計で8本、僕は2本を買った。
いろんな人との出会い、話が聞けてとても有意義な一日だった。
これもシンゴさんのおかげ。どうぞ頑張ってください!!

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目を伏せたくなる文章に恥ずかしくなる。今とあまり変わらないか。。。
まあ自戒も含め晒してみた。(笑)


さて、そんな史実も日本ではあまり知られていない「カウラ・ブレイクアウト」が日本テレビでドラマ化されるそうだ。



日本テレビ開局55年記念スペシャルドラマ
『あの日、僕らの命はトイレットペーパーよりも軽かった−カウラ 捕虜収容所からの大脱走−』
7月8日(火)21時~
日本テレビ系列にて
中園ミホ脚本
大谷太郎演出 
出演:
小泉孝太郎
大泉洋
阿部サダヲ
光石研
袴田吉彦
根岸季衣
市毛良枝
戸田菜穂
加藤あい
淡島千景
山崎努ほか

公式HP:http://www.ntv.co.jp/cowra/

他国で散った日本人たちのことを知るいい機会になるだろう。。。



実は実は実は...まだ終わらない。
このドラマのこと、カウラのことを検索していた延長線上で新たな事実が発覚した。
この『カウラ・ブレイクアウト』のことがつい最近オーストラリアで映画化されていたのだ。




映画『BROKEN SUN』(邦題『壊れた太陽』)
監督:BRAD HAYNES
制作:2008年オーストラリア
出演:
JAI KAUTRAE
宇佐美慎吾
原健太郎
橋本邦彦

公式HP:http://www.brokensunfilm.com/







『BROKEN SUN』(邦題「壊れた太陽」)のトレーラー(予告編)
http://jp.youtube.com/watch?v=IOe7_aYg36o


そう、この映画で前述の宇佐美慎吾さんが主演を務めている。
もう、ほんとたまげた!!
俳優業をコツコツと続けていて、花が咲いたということだろう。



主演の宇佐美慎吾さん。新進気鋭と絶賛されていた。


映画のワンシーン。。。

国際交流基金(ジャパンファウンデーション) のレセプション模様。
http://info.jams.tv/jlog/view/id-93

この映画、色合いがちょっと違う。捕虜収容所から逃げ出した日本兵が地元のオージーと心の交流をするというもの。
カウラで日本語教師していた慎吾さん。この役を演ずることは初めから、運命づけられていたような気がした。因縁めいてるね。
ほんと不思議。
なぜか自分のことのように嬉しく、ちょっと興奮気味だ(笑)。

自分も褌のヒモを結びなおさないといけないなあ。。。

ナナヨさんと慎吾さんはともにお知り合い。生前、ナナヨさんは俳優活動をしている慎吾さんにエールを送っていた。ナナヨさんは草葉の陰で慎吾さんの活躍をお喜びのことだろう。



大きな地図で見る
カウラはシドニーの真西。。。



果たしてこの映画、日本で劇場公開するのだろうか。。。
そして、とにもかくにも慎吾さんの今後の更なるご活躍を期待したい。ガンバレー!!
自分も頑張る...!  
Posted by まさタロー at 14:11Comments(15)TrackBack(1)